通信の最適化


「通信の最適化」の本来の定義は、「通信設備および運用の工夫により、全ユーザ(配信側、端末側)に対し、最良の通信環境を提供する」が相応しいと思います。そして、これに対する技術的ないくつかのアプローチがあり、今回はこれらの概要について解説します。

ネットワーク・アプローチ

TCP Proxy (TCPアルゴリズムの最適化)

TCPは、基本的に固定網を対象にしており、「おとなしい」制御アルゴリズムを使用しています。一方、モバイル網は、パケットロスやレイテンシの変動が激しく、既存のTCPアルゴリズムでは十分なパフォーマンスを発揮できません。本来は、端末側で、環境に合わせ最適なTCPアルゴリズムを選択できればよいのですが、技術的に完成していません。

そのため、モバイル網に設置されたTCP Proxyで端末からのTCPを終端し、TCP ProxyからWebサーバに再度TCPを張りなおすというアプローチが取られます。そして、以下のことを行い、全体として通信パフォーマンスを向上させます:

  • TCP Proxyと端末間
    • モバイル環境向けのTCPアルゴリズム(変動に強い)を使用する。また、このアルゴリズムでは、無線区間の輻輳状況を考慮し、高精度な制御を行う
    • TCP Proxyは端末へのTCP再送処理を行う
  • TCP ProxyとWebサーバ間
    • TCP Proxyはパケットをバッファリングし、再送処理に備える。また、これにより、TCP Proxyは、無線区間輻輳の影響をWebサーバに与えず、Webサーバに高速にコンテンツを送信させる

シェーピング(帯域制御)

シェーピングとは、一般的に特定通信の通信速度を制限することです。そして、通信の最適化という視点においては、この「特定通信」をどのように定めるかに議論があります。つまり、通信事業者は、電気通信事業法の第6条(利用の公平)により、「不当な差別的扱い」を禁止されており、好き勝手にシェーピングを行えません。

一方、P2P等によるトラフィックの増加により、ISPの収益状況が悪化しました。そのため、各種業界団体の連名とし(総務省の監督の下に)「帯域制御の運用基準に関するガイドライン」が発行されました。このガイドラインでは以下の2種類に対してシェーピングを許す内容となっています:

  • 特定のアプリケーション(特定のP2Pアプリ等)
  • 特定のユーザ

注意点:特定のWebサーバ(IPアドレス)に対する帯域制御はこのガイドラインに含まれていません。

ビデオペーシング(ビデオトラフィックの最適化)

最近のストリーミングプレイヤーは視聴開始時に動画ビットレートの数倍以上の帯域を使い、コンテンツをバッファリングします。このバッファリングにより、視聴途中におけるパケットロスの影響を最小化することができます。しかし、プレイヤーは、大目に帯域を要求する傾向があり、ビデオ視聴の傾向としても最後まで見られるコンテンツは多くありません。つまり、ビデオストリーミングについては、視聴しない部分に対してもネットワーク上で伝送される(無駄に帯域を使っている)という状況です。

そのため、ネットワーク側の装置が、以下の条件のもとで最適なシェーピングをストリーミングに対して行います:

  • 動画のビットレート等を反映する(メタ情報をモニタリングする)
  • 網の輻輳状況を反映する(この機能はコストがかかるため、実装されていない事が多い)

補足:デメリットして、「端末側のバッテリー消費量が増加する場合がある」があります。つまり、1本のビデオを最後まで視聴する場合、できるだけワイヤレス使用時間を短くする(短時間でビデオをバッファリングしきる)方が、バッテリー消費量の点では有利になります(参考:SSLのコスト)。

優先処理

優先処理とは、特定の通信を優先的に通信させる仕組みです。これについても、電気通信事業法により、キャリア側の好き勝手な運用は許されません。現在、一般的に使われている(許可されている)優先処理としては、緊急通信(110番、119番等)およびVoLTE (LTE網における通話処理)があります。VoLTEでは、パケット通信と音声通信の両通信が同じIPネットワーク上に存在します。そして、音声通信を優先的に処理することにより、通話の品質を保っています。一方、特定のIPアドレス(端末、サーバ)をキーとした「優先処理」は、運用上グレーゾーンにあります。

コンテンツ・アプローチ

CDNによるコンテンツの複製

コンテンツの複製をネットワークのキーとなるポイントに配置し、網全体で見た通信量を削減させます。また、コンテンツとスマートフォンのネットワーク的な距離が短くなるため、スピードの向上効果もあります。

また、CDNにおけるコンテンツの複製は、著作権法の第47条の5(送信の障害の防止等のための複製)により明示的に許可されています。

ISPキャッシュによるコンテンツの複製

ISP・モバイルキャリアに設置したISPキャッシュにより、コンテンツの複製を行う方法です。主なメリットはCDNによるコンテンツの複製と同じです。キャッシュ制御はHTTPプロトコルの指定に従い、配信側の意図(キャッシュ不可、キャッシュ期間指定等)を尊重します。

HTTPプロトコルの指定に従うISPキャッシュについては、前述した著作権法で許可されています。

ISP透過型キャッシュによるコンテンツの強制複製

一方、HTTPプロトコルの指定(配信側のキャッシュ不可指定)を無視するISPキャッシュも存在します。つまり、配信側において、以下のような理由でISPキャッシュにおける複製を拒否していますが、これを無視するキャッシュ行為になります:

  • 付加価値サービス(タイムシフト再生等)に対するセキュリティホールとなる(透過型キャッシュにより、有償サービスを無償で視聴される可能性がある)
  • CDNとしては、配信量(売り上げ)が減少する
  • CP独自のキャッシュサーバ展開の妨げとなる

これについては、著作権法の複製権を侵害する可能性が高いといえます。

強制的なコンテンツ変換

前記「コンテンツの強制複製」の応用として、キャッシュしたコンテンツ(画像、動画)に対し、以下のような操作が可能です(この操作はキャッシュせずに行うこともできます。しかし、変換コストおよび帯域コスト削減のために、多くの場合、キャッシュが利用されています):

  • 低解像度化、低ビットレート化(コーデックは維持し、情報の間引き)
  • トランスコード(解像度を維持しながら、別のコーデックで高圧縮化)

これについては、複製権以外にも同一性保持権の侵害となるなる可能性が高いといえます。

補足:アップロード時のコンテンツ変換については、通信キャリアにとってのメリットが少ないため、一般的には行われていないと思われます。つまり、コンテンツ変換は携帯網(P-GW)とInternetの間で行われており、アップロードしたコンテンツを携帯網を経由した後に変換しても、無線帯域の節約にはなりません。

SSL通信

Wifi環境の危険性等の理由により、通信の暗号化が急速に進みつつあります。YoutubeやNetflixについても動画のSSL化を推進しており、北米では2015年中にトラフィックの半分がSSL化されそうな状況です。

ここでは、SSL化による各種最適化技術の影響をまとめます:

  • TCP Proxy:影響なし
  • シェーピング:コンテンツを識別(動画であることの識別、ビットレートの把握)した、シェーピングは不可能になります。そのため、以下のアプローチによるシェーピングしかできなくなります。そして、それぞれに課題があるため実質的には実施できなくなります:
    • 送信元(サーバ)のIPアドレス:「帯域制御の運用基準に関するガイドライン」に反する
    • 通信量:ゲームやプログラム等の短期間でダウンロードすべきコンテンツに影響が出る
  • 優先処理:影響なし(そもそもの「特定IPアドレスに対する優先処理」は利用の公平の視点でグレーです)
  • コンテンツアプローチ(複製、変換):実施不可能(暗号を強制的に解除しない限り、コンテンツ本体を認識できない)。

一方、SSLを強制的に解除する技術も存在しています。これには、専用SSLルート証明を端末にインストールしておく必要があります(企業環境等においては、SSL通信の検疫等を行うため一般的に行われています)。そして、キャリア端末等では、あらかじめこの専用SSLルート証明書を、端末(スマートフォン等)に事前インストールすることも可能であり、技術的には実現可能です。

補足:MVNO

MVNOは、MNOからモバイル網を借り受けサービスを行っています。格安SIMに分類される(L2接続している)MVNOにおける「通信の最適化」は、優先処理を除き、MVNO単位で実施されます。そのため、これらMVNOのモバイル通信は、卸元であるドコモ等が行う「通信の最適化」の影響を受けません。

補足:キャリアにとってのメリット

モバイルキャリアにとっての通信の最適のメリットは、以下の2種類に分類されます:

  • QoE(Quality of Experiment)の向上
    • ユーザに対して快適な環境を提供することにより、キャリアとしての競争力を高めます。
  • 「使い切れない上限が設けられた定額制」における通信量の削減
    • 日本のMNOでは、スマートフォンにおいても定額制(7G上限等)が一般的です。一方、多くのユーザはこの通信量上限に達することはありません。そのため、キャリアとしては、「定額料金においてユーザの通信量が少ない」方が、利益が増えます。つまり、「使い切れない上限が設けられた定額制」においては、通信量を減らせば減らすだけ、キャリアの利益が増加します。

おわりに

日本のモバイルキャリアは、「強制的なコンテンツ変換」を「通信の最適化」と表現しています。しかし、通信の最適化には、さまざまな技術が含まれています。また、「通信の最適化をOffにする」ということは、本来であれば「ビデオペーシングの停止(モバイルキャリアにとって帯域削減の肝となる機能で広く運用されている)」も含まれるべきです。的確な用語が使われることが必要です。